私ども社労士は、「社会保険労務士法」という法律で、何をやる者なのかが規定されています。
網羅的にまとめると、以下の通りです。
@労働・社会保険に関する法律を基とする申請書などの作成、事務の代行、事務の代理、個別労使紛争解決支援制度における紛争当事者の代理をすること
A労働・社会保険に関する帳簿を作成すること
B労働に関することや公的保険に関する事項について相談に応じ、又は指導すること
C@の個別労使紛争解決支援制度における相談、和解交渉、和解契約にかんすること
DBについて、裁判の補佐人として出頭、陳述すること
E主に厚労省管轄の助成金にかんする業務
なお、@の紛争当事者の代理やCについては「特定社会保険労務士」のみが行えます。
これら、@〜Eが、私どもの「商品」です。この商品は、私どもが企画・開発したものではなく、政府が企画・開発したものです。
なお、私どもが所属する社労士会にある「政治連盟」が国会議員にロビー活動しここに追加されたものもありますが、いずれにしても私どもだけで企画・開発および流通が実現する性格のものではありません。
他方、一般的な事業会社の経営者さま(以下、事業主さま)は、業種によっては許認可等の制約はあるものの、基本的には自らが自由に商品を企画・開発し、流通させることが当たり前であるでしょう。
この点において、社労士と事業主さまとの最も大きな違いは、「商品を誰が作るのか?」というところにあります。
社労士は、法律で商品が決まっている部分と自由に商品を作ることができることの両方があり、原則的には前者をメインとする存在であることが想定されています。
上記の@〜Eのうち、前者にあたるものが@ACDEで、後者にあたるものはBです。
一般的には雇用調整助成金をはじめとするE(助成金)が広く認知されていますが、元々は@Aをメインとしています。@Aは事業主さまや個人が労働・社会保険や労働法上の義務を果たすための業務であり、Eように任意の業務ではないためです。
また、@ACEは社労士の独占業務なので、社労士以外は扱えない商品です。
(もちろん、事業所が自ら行うことはできます)
なお、CDの業務は一般的な業務ではないうえ収益を追求できる性格のものでもないため、実際に従事している社労士は限定的です。
さて、そんな社労士にとっては、独占業務であり収益を追求できる性格の@AEの業務をメインとすることが多くなりますが、法律や行政に沿った業務となるため、社労士の間での差別化の幅が小さく、ごく一部の突き抜けた大規模事務所を除き、どうしても過当競争になりやすくなります。
そこで、何年も前から「これからの社労士は、自由度の高いB(相談指導)の業務で稼ぐ」というようなセミナーが大人気となっています。
代表的なのは、「人事制度コンサル」や「健康経営などの認証取得コンサル」「IPO支援コンサル」「研修・セミナー講師」「経営コンサル」といった方向性へと誘導するようなもので、高額なセミナーになると「明日から提案できる商品の提供」も加味したセミナーとなる傾向があります。最近は、個人向け業務に着目した「障害年金で稼ぐ」的なセミナーも活況を呈しているようです。
事業主さまとしては、こうしたセミナーが流行ることは不思議に思われるかもしれません。
事業主さまであれば、自社の商品は自ら企画・開発されたものであるものの、売れ行きが思わしくなかったり売れるまでの経営状態の維持についてお悩みであることが多いため、商品そのものを提供するセミナーではなく「マーケティング」や「税務」等についてのセミナーの方に関心がおありだと思います。
さて、自らが商品を企画・開発する必要がない社労士は、楽である半面、非常に限られたパイを奪い合うことになりがちです。それが、顧問料の報酬が異様に低くなったり、そのせいで事務所職員の給与が他業種に比べて低くなってしまうことに繋がっています。
そうした弱点に着目して、上記Bの業務にかかわる商品の企画・開発で突き抜ける社労士や士業コンサルが出てくることがあります。
もちろん、先ずは商品の企画・開発した社労士や士業コンサルがそれによってたくさん稼いだという実績が不可欠ですので、そうした商品がセミナーで披露されるのは、セミナー主催者あるいは主催者以外がある程度稼いだ後のタイミングになります。
稼げる商品をある社労士が企画・開発する→自ら流通させ、実績を作る→同業者向けにアウトプットする部分を選定しセミナー商品として企画開発する→セミナー実施→セミナー収益と一部の実践者への支援(会費制のサロン等)で稼ぐ→実践者の成功事例をつくる→自らの実績となる→次の商品を企画・開発する・・・
こうしたサイクルを回しながら、社労士から仰ぎ見られる社労士として不動の地位を築いている者がそれなりに存在します。
最近では、人的資本経営が謳われているので「組織開発コンサル」が人気を博しているようです。
こうしたサイクルを回せる存在となった者の共通点は、「商品そのものを提供できる」社労士や士業コンサルであることです。
まさに、商品が初めから法律で用意されている社労士の性質を突いた、うまいやり方ですね。
セミナーで提供された商品で実際にたくさん稼げるようになる受講者もいるため、上記のようなサイクルが何年にもわたって続いており、「これからは〜で稼ぐ」というセミナーが常に活況を呈しているのだと思います。
実際に私も何度かそうしたセミナーに参加し、「商品そのもの」を仕入れたことがあります。
仕入れた商品を実際に使用し報酬を得たこともありますが、その商品が未来永劫使えるわけでもなく、関与する先に合う・合わないの区別もつけなくてはならないということが実際にありました。
事業主さまにしても何らかの商品を仕入れていらっしゃることには変わりませんので、私どもも「仕入れ」を続けていかなければならないのですが、社労士の仕入れは事業主さまと比べると「受動的な色合い」が強いものであり、依存性となりやすいリスクがはらんでいるように最近思うようになりました。
つまり、自らの商品企画・開発力の無さを棚に上げたまま、「誰かがいい商品を作ってくれるはずだ」という受動的な発想になってしまう危険性を懸念するようになりました。
また、実際に仕入れてコンサルのようなことをしてみてわかったことは、商品以前に私自身を信用していただけるかどうか、私にそうしたコンサルのようなことを期待してくださるのかという課題があることでした。
お客様としては、「社労士」は裏付けのある資格なので、信用できるかどうかの手がかりになることは間違いありません。
しかし、社労士がコンサルをすることをお客様が期待するかどうかは、全く別の話です。
ましてや、コンサルというのは多かれ少なかれ、お客様の家の中や頭の中の深いところに入り込むことですので、「敷居をまたぐ」ことを許された存在として認められなければ、どんな商品を仕入れようが、話を始めることすらできません。
私どもに商品をセミナーで提供できる存在である者は、その「敷居をまたぐ」ための方法論をもっているということでもあるでしょうが、残念ながら、そうした者たちによるセミナーで「敷居をまたぐ」方法論は、あまり具体的に教えてはもらえません。
むしろ、教えたくても教えられない部分なのかもしれません。本人は無意識でやっていたり、そこを教えると自分の存在意義に関わるということもあるのでしょう。
社労士の所属する全国組織も、存在意義を高めるための掛け声として「これからは〜で稼ぐ」ということを打ち出すことがあります。
しかし、「敷居をまたぐ」方法論までは立場上発信できないこともあるのは想像に難くないので、そこの部分は自らが考え実践するしかないと思っています。
商品が売れるタイミングのこともあるので、受動的であることは気を付けつつ時宜を得た商品の仕入れはこれからも必要だと考えます。
一方で、仕入れただけでは不足する部分について自ら行動し考え、修正しながら取り組んでいくことも不可欠です。
そうする中で、「いつかは自分で商品を企画開発するんだ」という野心の炎だけは消さないようにしていきます。
事業主さまを支援する立場として、少しでも事業主さまに近い存在となれるように、これからも努めてまいります。
何卒よろしくお願い申し上げます。